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分別(ぶんべつ)は分別(ふんべつ)。

これは先日ある講演で聞いた話。

分別(ぶんべつ)はごみなどをわけること。分別(ふんべつ)は言っていいことと悪いことなどを分けること。元は同じだという話。

どちらにしてもきちんと分ける能力がいる。何もかもごちゃ混ぜでは周りに迷惑をかけたり、あるいは自分の身にはね返ってくる。

確かに、その通り。分別(ぶんべつ)も分別(ふんべつ)もきちんとしないと大人としては恥ずかしい。

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社交性。一種のコミュニケーション能力ともいえる。

先日、あるセミナーの面談で言われた言葉。「あなたはずいぶん社交的のようだが・・・」

分かってないな。私は非社交的なのに、人と話すの苦手なのだ。だが、はたからみるとそうではないらしい。社交性があるらしく、結構他人から言われる。

私は小さいときから家族から大人しい、無口と言われてきた。そのせいか、私は自分で自分のことを無口でおとなしい人間と思い込んでいたし、実はそのことは少なからずコンプレックスだった。特に私の場合、兄が非常に話し上手で人当たりがよく、みんなから好かれる人間だったので、兄と比較すると際立って無口に映ってたようだ。大人になった今でもその図式は変わってない。だからコンプレックスもいまだにある。

ところが、これを親しい友人に言ったら「お前のどこが大人しくて無口なんだよ」と言われた。

そして冒頭のはなし。初対面でも結構しゃべってる自分に気づいた。まして、そのセミナーは半年近く続くセミナーで、チームで課題を話し合いプレゼンすることが2度あったのだが、一回目のプレゼンで私はチームを代表してプレゼンをした。それが大うけだったこともあり、プレゼンの帝王などと言われた。

何が言いたいかと言うと自分が思ってる自分と、周りから見た自分は違うと言うこと。私の場合、兄と比較すると無口なだけで世間一般で言うとどちらかと言えばおしゃべりの部類らしい。

だから、自分がコンプレックスと思い込んでいることが意外と他人の目にはそうは映ってないことが多いようだ。

結局、自分の評価は自分では分からないのかもしれない。人は生きていく以上、悩みやコンプレックスを抱えがちだが、意外とたいしたことではないのだろう。
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昔、長嶋茂雄さんが話していたのをたまたまテレビで見たのだが、大学時代、ノックを素手で捕っていたという。長嶋さんは昼の練習はたいしたことはないと言っていた。つらいのは夜の練習の時だったそうだ。照明施設もない時代のため、どうやったかというと、ボールに石灰(あの白い粉ね)をまぶして白くしてそれでノックを素手で受けていたと言う。


これ聞いたとき、やはり超一流の人はとてつもない努力を当たり前にやってると気付いた。王さんもイチロー選手も然り。そのほかにも一流のアスリートや経営者などその道のトップを走ってる人、偉大な記録を残した人は、他人が大変だと思うことを当たり前のようにこなす。


ただ、長嶋さんのすごいのはそれだけではなくて、努力してる感じを全く感じさせなかったところ。いつも明るく、楽しく、つらそうな姿を見たことがない。長嶋さんって本当に器のでかい人なんだろうなあ。天才と言われるのは簡単ではない。天才の影に膨大な努力がある。凡人の私が何故凡人かと言うと努力できないから。単にそれだけなんだろう。




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